「夏と冬の距離」

イベント3「にぎやかな晩御飯前」

 部活が終わって家に帰って来た冬が、玄関の前で立ち止まった。
冬      「くんくん、むう…今日はカレーか!
     人数多いからなぁ…ちゃんとおかわり出来るかなあ?」
 そんな心配をしながらドアを開ける。
冬   「ただいま!
     みんなちゃんと集まってるの〜?」
夏   「おかえり、姉さん」
 ひょこっとキッチンから、エプロン姿の夏が顔を出した。
 続いて百合絵、葉子がこれまたエプロン姿で出迎えてくれた。
百合絵 「おかえりなさい、おじゃましてます」
葉子  「おかえり、もうすぐご飯が出来るからね。
     着替えて、…そっちの相手して待っててよ」
 「やれやれしょーがないなあ」というような葉子の視線の先から、
 騒がしい声が飛んでくる。
冬   「ふむふむどれどれ?
     楽しんでるよーだねえ」
 靴を脱いで、予想していたとおりの光景を確認する。
 廊下を挟んでキッチンの反対側のリビングに、TVゲームに熱中している
 ロルフィーと恵梨子が居た。
恵梨子 「おかえり〜冬ちゃん。
     早く着替えて、恵梨ちゃんと遊んでくれないかなー?」
 その言葉には少々の毒が含まれていた。
 恵梨子はチラリと冷ややかな目線で横を見た。
 そこに居るのは当然、ロルフィー。
 しかし、彼女は、その大きな瞳いっぱいに涙を溜めていた。
ロル  「あうあう〜…恵梨子ちゃん、ずるい〜。
     絶対、ぜ〜ったい、このゲームおかしいよ!」
 冬が帰って来たというのに、挨拶する余裕すらない精神状態らしい。
 画面には「1PLAYER 74勝0敗」と表示されている。
 どうやら二人は、ず〜っと人気の対戦格闘ゲームで遊んでいたようだ。
恵梨子 「ロルフィーちゃんが弱いんだよ!
     恵梨ちゃんずるいことしてないし、ゲームだっておかしくないよ〜だ」
ロル  「むむむむむ〜ぅ…
     もうっ! 許さないんだからっ!!!
     なんでそんなイジワルな事言うのよっ!
     あ〜ああ〜ん、キライ!恵梨子ちゃんなんて嫌いだああああ〜ん」
 とうとう泣き出してしまった。
  しかし恵梨子はピロッと舌を出し、
  トボけた表情でロルフィーをからかい続けている。
冬      「なはははは、ロルフィー!
          仇はボクがとってあげるから、待ってなさい」
  そう言って冬は自分の部屋のある二階に駆けていった。
  部屋で制服からトレーナーに着替えて、一階に戻ってくる。
冬      「おまたへ〜。
          さあさ、ロルフィー、代わって代わって」
  恵梨子の戦績は77勝0敗になっていた。
  ロルフィーは泣きながら冬にコントローラーを渡す。
ロル    「冬ちゃん、恵梨子ちゃんなんかもーコテンパンにしてやってよ!」
  今度はじたばたと暴れ始めた。
恵梨子  「きゃはははは〜、ちょっといじめ過ぎちゃったかな〜?」
  ・
  ・
  ・
  数分が過ぎた、さっきまでのマヌケな雰囲気は一変して、
  冬と恵梨子の激闘は、ロルフィーも息を呑む緊迫したムードをかもし出していた。
葉子    「熱中しているトコ悪いけどさぁ〜。
          もうちょっとで用意できるから、そろそろ…」
  もうすぐ食事だと、報せに来た葉子も、思わずゲーム画面に見とれてしまった。
冬      「む、んんっ、いよっ!」
恵梨子  「えい、えい、どうだっ!てやっ!」
冬      「よし、コレ!読み通りだーっ!」
恵梨子  「あ・あーっ!  あぁ…」
  ゲームとはいえ上級者のバトルは、実際の格闘技と似ている。
  ち密な計算と正確なコマンド操作、そして勘と意表を突く行動。
  繊細さと大胆さを融合させて勝ってこそ、本当の勝利の爽快感を味わえるのだ。
  今回の軍配は、冬に上がった。
ロル・葉「わぁっ…スゴおい!」
恵梨子  「ふう…4勝7敗か…やっぱり冬ちゃんは強いや」
  負けた恵梨子にも、悔やむ表情は見られず、納得している。(ロルフィーとは大違い)
冬      「フフ…でも、恵梨子ちゃんも強かったよ。
          たまたま、読みが的中したってだけで勝てた感じ?
          本当、ヤバい戦いだったよ」
  もう、完璧に少年漫画のノリになってしまっている。
ロル・葉「すごいね、あの時の必殺技!
          もー、今しかないってタイミングでさぁ…」
  のどが乾いた冬は、ゲームの名場面の話をしている3人から離れ、キッチンへ行った。
  そこには…。
百合絵  「どうですか…?」
夏      「…うん、美味しいよ。
          野菜も溶け始めて、ルーのトロみも、辛さも、丁度良い感じだね」
  カレーの味見をしながら、楽しそうに笑い合う夏と百合絵が居た。
  冬はドキッとした。
  こんなに楽しそうな笑顔をする夏を見るのは、久しぶりだ。
  自分や両親と何かをする時も、夏の笑顔は子供の時に比べて、どこかわざとらしい。
  優等生にありがちな、常に良い子でいる意識。
  たとえ独りの時でも、夏自身が自分にウソをついてしまっている、そんな強烈な自己暗示。
  素直というか、純粋なまま育った冬には、最近の夏の態度には違和感を感じていた。
  大好きな料理を作り、気の合う仲間と楽しく食事する。
  そんなイベントが夏の気持ちを素直にさせたのだろう。
  冬は、夏のそんな笑顔を一人占めしている百合絵に、何となく腹を立ててしまう。  
  しかし、怒りの矛先はやはり夏に行く。
冬      「みんなが見てないと思って、イチャイチャするなっての」
  コツンと後ろからゲンコツを当てる、そしてチラリと百合絵の方を見る。
百合絵  「あ…えっと…」
  目が合った百合絵は、真っ赤になって下を向く。
  百合絵も、本当に楽しそうに笑っていたので、心を見透かされた気がしたのだろう。
夏      「………あ、姉さん。
          もう、準備出来たから、みんなを呼んでよ」
冬      「あいよ」
  キッチンからリビングへ、ほんの数歩の間に、冬は考えた。
  からかいながらとはいえ、夏は不当なゲンコツに対して文句を言わなかった。
  それはつまり、夏自身が、百合絵と「イチャイチャ」していた事を少なからず認めた
  という事だ、だから照れて何も言い返せなかったに違いない。
  百合絵が夏に好意を持っている事も、普段の態度から何となく分かっていた。
  はたして夏は…。
冬      「みんなぁ、もう、ご飯の用意出来たってさ!」
  どこか空元気を振る舞っているような心境で、リビングのみんなに声をかけた。
  そしてまた、リビングからキッチンへ、イスに腰掛けるまでの間、考えてしまった。
  百合絵だけではない。
  ロルフィーも、葉子も、恵梨子も、夏への意識は、他の男子以上なのは確実だ。
  自分の弟で、話す機会が多い事もあるが、おとなしくて奇麗好きで親切で…。
  男の子に対して身構えてしまいがちな年頃としては、
  夏の女性的な部分は大きな魅力になるのである。
  ひょっとして…みんなも…?。
  ブンブンと首を振り、心の中で「くだらない事、考えるのや〜めた!」と叫ぶ。
夏      「どうしたの?  姉さん。」
  不思議そうに夏がたずねた声を無視して、元気に声をあげる。
冬      「いっただっきま〜す!」
  続いてみんなも「いただきます」と言って食事が始まった。
  冬の疑問は、とりあえず消えた。
  しかし、次にこの疑問を思い出した時に、自分自身に疑問を抱くであろう、
  「どうして、みんなが夏を好きになる事に、不安を感じるのかな?」と。
  少しずつ冬は、自分の本当の気持ちに近づいて行くのであった。

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