吹けば飛ぶよな女だが 第1話

 その日、楓とアフロはいつものように昼間から港の盛り場を当ても無く往来していた。肩で風を切るその姿勢とは裏腹に、その瞳には微かながら空虚の色が伺い知れた。すれ違う労働者達をからかってはケタケタと甲高い笑い声をあげているその姿からは、酒場の女主人達の「ろくでなし‥」などと囁きあう声はまるで届いていない様にも見えた。しかし、楓にはその声は聞こえずとも、彼等が自分に向ける視線に明らかに侮蔑の色が含まれているのを感じ取っていた。後ろめたさを感じない訳ではなかったが、その楓の心を癒してくれるのは、今の所、喧嘩で受ける拳の痛みだけなのであった。
「アネキ、どうも最近、面白い事ないですねぇ。ウチらに喧嘩売ってくる奴もこの辺じゃめっきり減ってきたし。退屈でいけねぇや。」
「アフロ、退屈なのは今日に始まった事じゃないよ!テメェが退屈なのはお前の勝手なんだよ、いちいち口に出すんじゃねぇよ。」
 楓は語気を荒げてそう言うと、波止場へと足を向けて歩き出した。
「ちょ、ちょっとアネキ、待って下さいよぉ!」
慌ててアフロがそのあとを追う。 波止場には丁度フェリーから降りてきた人々が、散漫な列を作っているところであった。その中に、所在無さげに重い荷を引きずり歩く、ひとりの少女がいた。緑の髪は器用にカールしているが、その牧歌的な服装からして恐らくクセ毛なのだろう。都会的という言葉からはほど遠いなりをしている所から、誰から見ても田舎から出てきた事は一目瞭然であった。そんな少女に先、気が付いたのはアフロであった。
「アネキ、この港にゃ珍しい女がいますぜ。」
緑の髪の少女を指差しながら、楓に耳打ちをした。楓はしばらくいつものようにアゴを上げながら腕組みをし眺めていたが、ふと口元がゆるんだかと思うと 小声で言葉を吐いた。
「フン、なかなか上玉じゃねえか。フランスの旦那のトコに連れていきゃあ、金になるかもな。」

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